2008年08月10日

[cinema]ダークナイト

原題:The Dark Knight
監督:クリストファー・ノーラン
脚本:ジョナサン・ノーラン,クリストファー・ノーラン
原案:クリストファー・ノーラン,デビッド・S・ゴイヤー
出演:クリスチャン・ベール,マイケル・ケイン,ヒース・レジャー,マギー・ギレンホール,アーロン・エッカート,ゲイリー・オールドマン,モーガン・フリーマン
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/thedarkknight/


全米で爆発的なヒットで数々の興行収入レコードを更新し続けている『バットマン』シリーズの最新作。
今回はシリーズ最凶の敵であるジョーカーと,トゥーフェイスという2枚悪役が相手なだけに,スタッフも役者も前作とは比べ物にならないくらい気合が入った作品だった。

前作の『バットマン ビギンズ』からのダークな世界観と重厚なストーリーは,ジョーカーという存在によってさらなる深化を遂げ,彼がもたらす犯罪という名のエンターテイメントによって街は恐怖と混乱に支配されていき,さらに夜という闇をおどろおどろしいものに見せる一新されたゴッサムシティの街並みがジョーカーを狂気に華を添えていく。

負のスパイラルによってどんどん闇が深まっていく中,己の存在によって生み出されたジョーカーという存在に追い詰められていくバットマン。己の正義を貫いてきた彼もまた,暴力で全てを解決しようとし,曖昧になったモラルの境界も超えるという,闇に染まった存在になっていく。その精神の歪みの影響か,ブルースとアルフレッドのユーモア溢れる会話も少なくなり,この作品がどれだけダークなものなのかということを再確認させられる。

『ダークナイト』によって語られるストーリーは,実に考えさせられるものがある。どれだけの犠牲があろうと己の正義を貫き通す者もいれば,正義漢溢れる者でも一つ歯車をはずせば悪へと染まり,狂気に走ってしまうということを見せ,正義すらも悪に染まる状況で,悪をなしてきた者が正義を見せる。
法は意味をなさなくなり,力も論理も通用せず,人々が理解できる範疇を超越した存在が現れたとき,人はどう追い詰められていき,その結果どうなっていくのか。そんな人間の深層心理を浮き彫りにする。アメリカ社会がどうたらという範囲では収まらない,いや収めてはいけないテーマが語られていた。

本作でもっとも話題になっているジョーカーを演じたヒース・レジャーの演技は,撮影直後に死亡してしまったことによる贔屓目を差し引いても,絶賛されるに値するものだった。予告でも垣間見せた絶対悪の狂気は見ているこちらを落ち着かないものにさせるし,質の悪いジョークとしか思えない道化師のような振る舞いはジョーカーという存在をひどく曖昧なものにし,その曖昧さは形を持たないが故にどんなものにもなれるジョーカーというカードそのもの。

バートン版のジョーカーを演じたジャック・ニコルソンとは別ベクトルで,傾向としては『ノーカントリー』のシガーに近いものを感じた。あちらが暴力を具現化した存在ならば,こっちは狂気を具現化した存在。どちらもこれまでの映画では見せなかった次元の違う悪を体現している。

ジョーカーばかりが注目されているが,正義から悪へと変貌を遂げるトゥーフェイスを演じるアーロン・エッカートも,地味ながらも実力派だけあってさすが,と思える演技を見せてくれる。出番もそれほど多くないし,見せ場のほとんどはジョーカーに持っていかれているため,サブキャラの位置づけになってしまっているのは残念だが,こっちにも多少は注目がいってくれるといいなぁ,と思ってしまうものがある。

2時間30分を超える上映時間だったが,無駄なものは一切なし,もっと色々見せてほしいという物足りなさすら感じる。それくらい密度が高い作品であった。
ラベル:映画 アメコミ
posted by タク at 12:17| Comment(0) | TrackBack(1) | 2008年鑑賞映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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