2008年09月19日

[cinema]この自由な世界で

原題:It's a Free World...
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラバティ
出演:キルストン・ウェアリング,ジュリエット・エリス,レズワフ・ジュリック,コリン・コフリン,ジョー・シフリート
公式サイト:http://www.kono-jiyu.com/


世界の経済基盤である自由経済主義と,現代が抱える難民問題を絡めた社会派映画。『麦の穂をゆらす風』の監督と脚本家という,睡眠不足でもなかったのに猛烈な睡魔に襲われた映画のコンビだったのでスルーしようかと思ってた。だけど,かなり面白いという批評を読んだのと,上映時間が短めだったので眠気に襲われる前に終わるだろうということで観てみた。

主人公のアンジーは定職につけず,職を転々とする30代の女性。映画冒頭で働いていた人材派遣会社でも,順調そうに見えたにも係わらず,上司のセクハラに腹を立てて酒をぶっかけたばかりに解雇され,無職になってしまう。

映画の冒頭を観る限りだと仕事に対しては真面目だし,不当な扱いで解雇されたり,前夫?のせいで多額の借金を抱えていたりと,主人公にたいして同情できる点がいくつも出てくる。そんな彼女が,起死回生のために友人と人材派遣会社を設立することになったときは,営業回りや人材集めに奮闘する姿も見えて,成功できるといいな,という好印象を抱かせるキャラクターになっている。それと,生活が安定しないばかりに年老いた両親に息子を預けた状態になっており,いつか生活が安定したら息子と一緒に暮らせるようにと願っていたりと,映画のキャラクターとしてはどこまでもマイナスが見えない。

だが,そんなフィクションとして完成されたようなアンジーという女性も,立ち上げた会社を早く軌道に乗せたいがために,友人の忠告を無視して税金を払わずに済まそうとしたり,借金を早く返したいばかりに,決して違法でもないが汚い手を使って経費を浮かせ,浮いた分を利益にしたりと,段々と欲が強くなっていく。

最初は,社会で生きていくのに必死であることと,息子という存在によって多少のことには目を瞑る気にもなれたが,借金を全額返したらしい後も息子を引き取るどころかより大きな事業に展開しようとしたり,違法だからと断っていた不法入国者への仕事紹介も,小悪党の言葉にそそのかされ,気まぐれで不法入国者に同情して超えてはならなかった一線を越えたあたりから,ただのフィクションであったアンジーというキャラクターが,とてもリアルな人物となり,シングルマザーの奮闘記から一転して現代社会の抱える問題をえぐり始める。

アンジーのやってきた行為にたいして否定するのはとても簡単。簡単なのだけど,多少の違法をやっても,そばで支えてくれた友人たちが離れたり,雇った労働者から暴力を受けながらも,彼女は社会的に成功している。少なくとも,映画の中で描かれる極めて現実的な社会では彼女を成功者として認めてるわけで,それがどんだけ理不尽であろうと,そんな彼女を非難してもただの負け犬の遠吠えにしかならない。

そして,そんな彼女の姿はもしかしたら未来の自分かもしれないし,彼女に利用される不法入国者もまた未来の自分かもしれないと思わせるリアルさを感じたし,映画のラストでは,色々なものを失いつつも,アンジーは法で裁かれることはなかった。この映画が提示してきた課題は,一見誰もが意識していそうで目を逸らしてきたものを,「これっておかしいよね?」と明確に突きつけられたようで,この課題はあまりに重く,答えは出せても出せないんじゃないかと感じた。

現代社会の問題にたいして考えさせられるいくつもの印象的なシーンがあるのだが,その中でも一番印象深かったのが,マフィアによって自分たちに支払われるはずだった金が入らず,労働者にも賃金を払わなかった後の友人との会話のシーン。
これまで稼いだ金を切り崩し,全額は無理でも賃金を払うべきと友人に忠告されたアンジーが,金を半分に分けて「払いたければお前の分で払え,自分の分は自分のために使う」みたいなことを言い,持っている金をどう使うかは「自由である」と言い切ったところに,「自由」という言葉がもつ甘美な響きと,あまりに甘美ゆえに人を狂わせてしまう麻薬のような危険性を感じさせ,「自由」という言葉の意味と,どこまで「自由」であることが許されるのか,そんなことを考えさせられる興味深いシーンだった。

この映画が描き出したいであろう要点がしっかりと押さえた構成と,それをフィクションでありながらスクリーン上で展開される"今"にリアリティと説得力を持たせた役者たちの力強い演技によって,わずか90分強という上映時間でありながら,短さを感じさせないとても濃密な時間を過ごすことができ,聞いていた評判に違わぬ,いい映画であった。
ラベル:映画 社会
posted by タク at 00:55| Comment(2) | TrackBack(1) | 2008年鑑賞映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然のコメント失礼致します。
勝手ながら私どものサイトからこの記事へリンクをさせていただきました。
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(自動書込のため、不適切なコメントとなっていましたら申し訳ございません)
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Posted by sirube at 2008年09月19日 01:20
サイト運営し始めた者なんですが、相互リンクしていただきたくて、コメントさせていただきました。
http://hikaku-lin.com/link/register.html
こちらより、相互リンクしていただけると嬉しいです。
まだまだ、未熟なサイトですが、少しずつコンテンツを充実させていきたいと思ってます。
突然、失礼しました。
zj0kp4fp
Posted by hikaku at 2009年07月02日 00:12
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